スキルを主軸に
「ロジカル思考」を育てる組織
株式会社今橋製作所 (茨城県日立市)
日立市に拠点を置く金属切削加工の専門企業、株式会社今橋製作所。「自立した組織への改善」「業務効率化」「新分野への進出」を柱にリスキリングを推進し、代表取締役の今橋正守さん自らマネジメントや技術の勉強会を主宰するなど、社員の「人を動かす力」やロジカル思考を育てています。 BtoBの強みを活かしたBtoCの高付加価値プロダクト「hikiZAN」の開発にも挑戦するなど、新規事業も展開中です。この先進的な取り組みが評価され、「令和7年度 茨城県リスキリング推進企業等表彰」にてベストプラクティス賞に選出されました。
代表取締役の今橋正守さん、伊藤新さん、そして「いばらきリスキリング戦略アドバイザー」の後藤宗明さんによる、リスキリングを通じた企業の将来像までを見据えた意見交換が行われました。
スキル不足を解消する「ロジカル人材」
蓄積された技術やノウハウが重要となる「ものづくり」の現場では、どうしても業務が属人化しがちです。生産効率の向上や労働環境の改善を図るためには、DXの推進による業務の見直しや、組織全体の価値観の再構築も必要です。リスキリングとは、そうした「将来的に会社に必要となるスキルを、業務の一環として、業務時間内に身につけるために企業が行う支援」であると後藤さんは定義。BtoB事業を主軸に高い技術力で顧客から盤石の信頼を得ている今橋製作所も、将来に渡って成長し続けられる企業を目指す中で「リスキリング」に取り組んできました。
今回の受賞に際し、代表取締役の今橋さんは「リスキリングという形で認識していたわけではなく、当たり前にやってきたことですが、評価していただけたのは光栄です。社内の取り組みを客観的に見直す良い機会にもなりました」と話します。そんな今橋社長に、後藤さんはまず最初に「多くの企業が『人手不足』と言いますが、御社はどうですか」という質問を投げかけました。
今橋社長は、「人が足りない、の一言では言い切れない」と述べた後、次のように続けました。
「私が『ロジカル人材』と呼んでいるタイプの人は足りていないです。課題を見極めて仮説を立て、検証しながら解決までロジックを組み立てられる人材です。そうした人が仕組みをつくれば、その下で動く人は何人いてもいい。どうやったらそういうロジカル人材を増やせるかなと常日頃から考えて実践しています」。
今橋社長の話を受けて、「今の話は、まさに『人手不足』と『スキル不足』を分けて考えるいい例だと思います」と後藤さん。「人自体はいるけれど、任せられるスキルを持つ人が足りない。私はこれを『スキル不足』と呼んでいます。ポテンシャルのある人をどう採用するか、そして今いる社員の中で誰がその役割を担えるようになるか――この二軸で考えることが重要です。今橋社長はそれを当たり前のこととおっしゃいましたが、多くの企業は、実はそのスタートにすらたどりつけていないのが現状なので、御社とは悩みの質が違うと感じました」。
「スキル不足」の解消のためには、時間はかかれども磨けば光る「ロジカル人材」の資質を見極めて育てていくのも、ひとつの手段と考えていると今橋社長は話します。
自立した組織を目指し、適材適所で抜擢し伸ばす
同社では、そうした人材を育成する「自立した組織への改善」を目標に掲げ、教育カリキュラムや勉強会・研修といった自発的な学びを促進するリスキリング環境を整備しています。中でも、リスキリング成果のロールモデル的な存在として活躍しているのが、技術部の伊藤新さん。5年前に機械加工未経験で入社した伊藤さんですが、今ではものづくりの現場から、営業、さらには採用や業務改善といったチームマネジメントの領域までを担う「ロジカル人材」として活躍しています。伊藤さんについて「スーパー技術者にはなれないかもしれないけれど、マルチに適性がある」と評価する今橋社長。伊藤さんも、自分の望むキャリアパスに沿った支援を得られ、賃金含め期待する処遇を得られていると笑顔を浮かべます。
ひとりひとりが明確なキャリアパスを描けるよう、個々の適性をしっかりと見極めて伸ばし、適材適所の配置を行う。そんな今橋社長の人事手腕も、同社のリスキリングの成功の大きな要因と言えます。「リスキリングがうまくいっている企業は、社長の『抜擢』が上手いという共通点があります。今橋製作所さんも、伊藤さんのようにマルチに動ける人材を見極め、適性に応じて役割を広げているのが印象的です」と後藤さんも高く評価しています。
また、後藤さんからは「具体的にどのようなスキル取得・習得に重きを置いていますか」という質問も。
「一番重視しているのは『人を動かす力』です。そこを担えそうだと感じた数人に対して、昨年度までは私がマネジメントの勉強会をやってきました。今は、マーケットに関する勉強会をやりたいと思っていますが、事業の状況との兼ね合いで、タイミングを見計らっているところです」と今橋社長。マネジメント層以外の現場スタッフに対する基礎講座についても、社長自身が講師を担っているといいます。
新規事業を通じてリスキリングを加速
現在では、BtoB事業に加え、BtoCの分野へも進出している同社。「hikiZAN(引き算)」と名づけたプロジェクトを立ち上げ、産業用切削技術を生かしチタンからひとつひとつ削りだした高付加価値製品を手掛け好評を得ています。日本酒の酒器をはじめ、新たにウイスキー向けの商品も開発しリリース準備中とか。多くの企業では、新たな顧客層を獲得する目的でBtoC事業を立ち上げることを考えますが、同社の経緯は全く異なるものでした。
「中小企業は、BtoBの部品だけ作っていると、なかなか世の中で日の目を浴びません。そこで、世の中の人に手に取ってもらえるBtoC製品をつくり、本業の工業製品で培った技術とBtoCの価値観が一致する形で見せていきたいと考えました」と今橋社長。今橋製作所としての強みが生きている、確固たるストーリーを表現したプロダクトです。BtoCへの挑戦をきっかけに、また異なるスキルの必要性を感じたと今橋社長。「一番痛感したのは『売る力』の不足です。BtoBでは良いものを作れば売れる環境でしたが、BtoCではそうはいかない。マーケティングやPRにしっかり予算を投じる重要性を学びました」。
今後、マーケットへの投資や従業員のリスキリングを通じて国内外でのブランド価値を高めることができ、将来的にも成長のポテンシャルがあると後藤さんも期待を寄せます。
更に、こうした新しいプロジェクトへの挑戦は、社内全体として積極的にチャレンジする意識の醸成にも寄与しているといいます。その結果、新たに中小企業向けコンサルティング事業も立ち上がったとか。新設した二事業は、現在では売上の約15%を占めるまでに成長しました。
個々のスキル活用を主軸にした強い組織へ
今回の対談の中で、後藤さんは次のような感想があったと話します。
「海外のグローバル企業では、スキルベース型雇用への移行が進んでいます。労働を細分化し、『このタスクにはこのスキルが必要』という紐付けをして、それを社内の人材に割り当てるやり方です。その結果。1人が一つの部署や職務だけを担うのではなく、社内の垣根が溶け、複数部門をまたいでスキルを共有し活躍できる。個を生かす組織になれます。今橋製作所さんには、その要素がすでにあるように感じました」。
「人事はパズルと一緒で、はまらないピースを無理やりはめるよりも、ぴったりはまるピースを他から探して持ってきた方が早いし良い結果になりますよね。向いていないことはさせたくないですし、成功体験を作りたいので、社員一人ひとりの『やりたくない部分』を誰が引き取れるかを常に考えています。本人のやりたいことと、会社の必要性が重なるポイントを探しながら、仕事を細かく分けて再配置している感覚に近いかもしれません」と今橋さん。それこそがまさにスキルベース組織の実践と後藤さんは頷きます。
「日本では、それを実践できる企業はなかなかありません。今橋社長自身が、『誰がどんな業務をしているのか』をしっかり把握しているからできることではないでしょうか」と後藤さん。
今後、さらなるAIの進化でオペレーションはどんどん自動化されますが、「人を動かす力」や「価値を見抜いて伝える力」は、ますます人間にしかできない仕事になっていきます。変化の激しい時代において、個々の適性を見極め、現場で「人間ならではのスキル」を育む今橋製作所の取り組みは、多くの企業にとってリスキリングの理想的なモデルとなるはずです。
いばらきリスキリング戦略アドバイザー後藤宗明氏 プロフィール
富士銀行(現みずほ銀行)入行。渡米後、グローバル研修領域で起業。帰国後、米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人を設立。米フィンテックの日本法人代表、通信ベンチャー経営を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。その後、AIスタートアップのABEJAにて米国拠点設立、事業開発、AI研修の企画運営を担当。10年かけて自らを「リスキリング」した経験を基に、リクルートワークス研究所特任リサーチャーとして「リスキリング~デジタル時代の人材戦略~」「リスキリングする組織」を共同執筆。2021年、リスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。
株式会社今橋製作所
| 住所 | 茨城県日立市十王町伊師20-42 |
|---|---|
| 事業内容 | 金属切削加工事業(BtoB)、金属加工製品製造販売(BtoC)、中小企業向けコンサルティング事業 |
| HP | https://www.imahashi-ss.jp/ |
